■撮影をする

2014年1月23日 (木)

● 暁のゼロ

勇ましいゼロ戦隊.......赤城の画像も一緒に貼り付けると、いかにも赤城での発艦作業に思えてきます。

20131104_zero_04

20131208_akagi

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年4月27日 (土)

●野生キジを撮る

東舞鶴の前島埠頭......今度、舞鶴市の保育園の建設が決まっている土地に、キジが住んでいるようだ。 過去二回行ったが、まだ、まともに撮影ができていないので、今日は出現率が高い夕方に行ってみて、知人の塩見さんにキジのいる場所を教えていただいた。 先日、オークションで落としたSIGMA 170-500mm APOレンズを、CANON50Dに装着して、野生キジを追うこと約1時間撮影を続けた。

まずはつがいでいるところを撮影した。 ほんの10メートル先にいるのであるが、それほど警戒しているふうでもない。

20130427_kiji_01

望遠レンズがでかいので、気がついたのか、いそいそと遠くへ逃げていくような感じになっていった。

20130427_kiji_02

自分のエリアを主張する行動なのだろうか、羽根をばたつかせていた。

20130427_kiji_06

それにしても、草むらの中で、ずっと警戒しているのか動かずにこちらの様子をみているような感じがする。

20130427_kiji_08

メスは警戒感が強く、すぐに草むらの中に入ってしまい、身を低くしてまったく見えなくなっていたが、最後に見た場所近くに歩いていくと、突然、驚いたように飛び立った。

20130427_kiji_10








| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年6月12日 (日)

●ドクダミの花

20110611_fl_03

わが庭の日陰の部分にドクダミの集落がある。 独特のニオイがして、まさに薬草の代名詞のような植物である。 だが、この花をじっとみていると、非常に清楚で美しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月 5日 (日)

●VOLKS 鉄道模型フェア

VOLKSの京都店で、『鉄道模型のボークスフェアー』が開催されていた。 友人がこの会社の社長とお友達だというので一緒に連れて行ってもらった。

20110604_001


鉄道模型がそこらじゅうにならんで、あらゆる車両の模型が走っていた。お父さんと子供の共通の楽しみとなっているようだ。

20110604_004

鉄道模型には、あまり興味のない私は2階の模型販売店へ急行した。 USの戦闘機モデル、新発売になっているものである。

20110604_volks_1

震電の完成品が各種、展示されていた。私もこれを買っているので、いつか組み立てる予定だ。 私オリジナルの色にするつもりだ。

20110604_003_2







| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月 1日 (日)

●護衛艦「はまゆき」に乗る

20100801_hamayuki_5

本日乗船した「はまゆき」は写真正面の護衛艦の後ろに係船されていた。143番はすずなみだったか??はまゆきよりもひとまわり船体が大きいようだ。(ちなみに「はまゆき」は126番である。)

海上自衛隊舞鶴に所属のはつゆき型護衛艦の第5番館として昭和58年11月18日に竣工した船である。 今日は体験航海の日であった。気温36℃、海上も比較的風は少なく、船上にいるとゆでタコになるかと思うほど暑い一日であった。

http://www.kyoto-minpo.net/html/jieitai/maizuru_ships/hamayuki.html

今日は、航海だけで、途中で潜水艦が浮上したり、P-3Cが飛来したりというようなオプションは何もなく、期待してかけつけてくれた神戸の友人たちはがっかりして帰ったようである。

まあ、船首にある76ミリ砲とそのうしろにあるアスロックの発射する様子(もちろん玉の発射はなかったが)を見せていただいたのが、少ないオプションの一つだった。

20100801_hamayuki_3

20100801_hamayuki_4

動きは俊敏であり、かつての日本海軍の戦艦の主砲の回転、上下の砲塔の動きから比較すると驚くほど早い。 二次大戦は戦闘機がプロペラ機であり、現在はジェット戦闘機やミサイルが相手であるから、このくらい俊敏に動かないと、いけないのは当然のことであるのだが。 それにしても、もしこんな砲が二次大戦時にあれば、爆撃機や雷撃機などはとてもそばに近寄れなかっただろうし、簡単に打ち落とされたことだろう。

20100801_hamayuki_2

20100801_hamayuki_1

アスロックランチャーといわれる対潜水艦用のミサイル発射装置である。もちろん今日は中にミサイルは装填されていなかったが、回転スピードと発射の際の動きだけを見ることができた。数十キロ先の海中に落として、そこから潜水艦を追尾して攻撃する兵器である。

今日はめずらしく潜水艦も係船されていたので、一枚写真を撮って帰ってきた。

20100801_hamayuki_6

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年6月25日 (金)

●1/350戦艦陸奥を撮る

ハセガワの1/350戦艦陸奥は、妻が私の誕生日にプレゼントしてくれたものだ。 ディアゴスの大和を製作して、模型製作に数十年ぶりに目覚めてから、4隻目のプラモデル製作となった。

20100620_mu_5

大東亜戦争時、日本を代表する戦艦といえば、この「陸奥」と「長門」であった。今でこそ、日本海軍最大の戦艦、大和、武蔵が有名だが、この2隻は戦時中には国家の最高機密ともなっていたので、一般の国民が知りえる情報はなかったからである。

20100620_mu_4

姉妹艦であった長門は二次大戦を生き残り、ビキニ環礁で原爆実験の対象として海に沈んだ。 しかし、この陸奥は戦わずして 、1943年の6月8日、原因不明の爆発事故を起こし柱島沖で沈没してしまったのである。

20100620_mu_3

陸奥は三番砲塔付近から突然に煙を噴きあげて爆発を起こし、一瞬のうちに船体が2つに折れ、艦前部は爆発後すぐに沈没した。この時、360tもの重量がある三番砲塔が艦橋とほぼ同じ高さまで吹き飛んだという目撃証言もある。艦後部についても爆発後しばらくは艦尾部分を上にして浮いていたが程なくして沈没した。乗員1,474人のうち助かったのは353人で、死者のほとんどは溺死でなく爆発によるショック死だったと言われている。

20100620_mu_2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年6月21日 (月)

●1/200駆逐艦 秋月

20100620_aki_4

昭和14年度のマル4計画による乙型一等駆逐艦の第104号艦として舞鶴工廠で昭和17年6月11日に竣工した。 竣工後、ラバウルに入港した際、ショートランドに来襲したB-17,1機を撃墜したことで知られる。

20100620_aki_1

私の祖父は舞鶴の工廠で設計技師をしていたらしい。うちの母親が幼い頃、祖父に軍艦の進水式に連れて行ってもらったことがあるというから、ひょっとしたら、この秋月の進水式であった可能性もある。 そう思うと、この艦への思いは強くなる。

20100620_aki_2

潜水艦による雷撃で、大破したり、強度不足から船体前部を切断したりとトラブルに見舞われたが、なんどか修復して空母の護衛などで活躍した。

小沢機動部隊がエンガノ岬沖に出撃した際に「瑞鶴」を護衛中、米機動部隊の攻撃を受け缶室が被害を受け航行不能となり、その後大爆発を起こし沈没した。約150名が戦死した。

20100620_aki_3

この65口径10センチ連装高角砲は高射装置を前後に持ち、一度に複数の敵機を狙うことができたため、初戦でB-17を2機撃墜したと日本側の記録には残っているが、実際には高射装置は艦橋上の一基があっただけで、これも日本海軍得意の大本営発表の嘘であったようである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月19日 (土)

●1/350重巡洋艦高雄の撮影

高雄は日本海軍の重巡洋艦、高雄型の一番艦である。横須賀海軍工廠にて起工、艦の名前は京都府の高雄山にちなんで命名されたという。

20100620_takao_4

初頭はジャワで作戦に従事し、3月1日「高雄」の水偵がオランダ商船Engganoを爆撃。翌2日夜、「高雄」と「愛宕」は米駆逐艦ヒルズバリー(USS Pillsbury, DD-227)を撃沈した。

20100620_takao_3

1944年10月22日栗田中将指揮の第一遊撃部隊に属しレイテ湾に向けてブルネイを出撃した。10月23日、パラワン島沖を航行中6時34分、「高雄」に米潜水艦(USS Darter, SS-227)の放った魚雷2本が命中した。「高雄」は大破し、ダーターの追撃を受けたが海軍機の援護によってダーターは座礁して自沈し、駆逐艦、水雷艇「鵯」に護衛され無事ブルネイに後退することができた。20100620_takao_1

1945年7月31日、シンガポールのセレター港でイアン大尉の率いるイギリス小型潜水艇と、同行した潜水隊員によって仕掛けられた吸着式時限機雷が第三砲塔右舷艦底で爆発し、大破、終戦時は行動不能状態であった。艦尾が切断されていたとする話もある(写真等が無く未確認)。

20100620_takao_2

戦後はイギリスに引渡され、10月29日にイギリスの海軍に牽引され(HMS Newfoundland, C59)巡洋艦ニューファンドランドの砲撃により海没処分となった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月18日 (金)

●1/250大和を撮影

模型製作に再び取り組むようになったきっかけをつくってくれたディアゴスティーニの「大和をつくる」で製作した戦艦大和を撮影した。 中学生時代の模型作りしか経験のなかった私はディアゴスの作成手順どおりに製作を進めていくしか仕方なかった。 ほかの製作者のサイトを見て、それぞれのオリジナルの製作技術を見させていただいて自信をなくしたりしたが、とにかく最後まで作り上げた。

20100620_ya_1

なんといっても大艦巨砲主義の日本海軍の象徴ともなった46センチ主砲である。時代遅れとなった戦艦の巨砲は見るからにあわれであるが勇ましい。

20100620_ya_2

なんといっても、艦橋をとりまくハリネズミのような機銃、大砲などの装備がこの大和の圧巻ともいえる姿を代表するものである。

20100620_ya_6

当時は、日本海軍の粋を尽くして建造されたいろんな装備がオンパレードになっている。それにしても、これだけの火気武装をしていながら当時のアメリカ戦闘機、爆撃機を撃墜するのが難しかったのは、日本のレーダー技術や、照準、機銃の取り回しなどの技術が遅れていたからといわざるを得ない。

20100620_ya_4

偵察機の収納など、かなり効率的に、しかも最新鋭の設計をしていた大和であるが、最後はこうした偵察の航空機を飛ばすこともなく、ただひたすらに死を求めて特攻をしていったのだ。 そして鉄の塊として海の藻屑となったのだ。

20100620_ya_5

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月11日 (日)

●軍艦模型の撮影、画像あそび(その2)

重巡洋艦”高雄”の画像.........空の加工がちょっといけないなhappy02

20090523takao_2

ドイツのユーボートを日本海軍が輸入した唯一の潜水艦 呂-500が水面に姿を現して航行している様はきっとこのようだったんだろうな。波が少なすぎるけど.....(笑)

20090523_ro_1

重巡洋艦”青葉”(1/700)を海に浮かべたら.............。

20090523_aoba_1

戦艦”金剛”である。日本海軍一の武勲艦であったという。

20080218_kongo_1_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧