■撮影をする

2011年6月12日 (日)

●ドクダミの花

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わが庭の日陰の部分にドクダミの集落がある。 独特のニオイがして、まさに薬草の代名詞のような植物である。 だが、この花をじっとみていると、非常に清楚で美しい。

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2011年6月 5日 (日)

●VOLKS 鉄道模型フェア

VOLKSの京都店で、『鉄道模型のボークスフェアー』が開催されていた。 友人がこの会社の社長とお友達だというので一緒に連れて行ってもらった。

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鉄道模型がそこらじゅうにならんで、あらゆる車両の模型が走っていた。お父さんと子供の共通の楽しみとなっているようだ。

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鉄道模型には、あまり興味のない私は2階の模型販売店へ急行した。 USの戦闘機モデル、新発売になっているものである。

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震電の完成品が各種、展示されていた。私もこれを買っているので、いつか組み立てる予定だ。 私オリジナルの色にするつもりだ。

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2010年8月 1日 (日)

●護衛艦「はまゆき」に乗る

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本日乗船した「はまゆき」は写真正面の護衛艦の後ろに係船されていた。143番はすずなみだったか??はまゆきよりもひとまわり船体が大きいようだ。(ちなみに「はまゆき」は126番である。)

海上自衛隊舞鶴に所属のはつゆき型護衛艦の第5番館として昭和58年11月18日に竣工した船である。 今日は体験航海の日であった。気温36℃、海上も比較的風は少なく、船上にいるとゆでタコになるかと思うほど暑い一日であった。

http://www.kyoto-minpo.net/html/jieitai/maizuru_ships/hamayuki.html

今日は、航海だけで、途中で潜水艦が浮上したり、P-3Cが飛来したりというようなオプションは何もなく、期待してかけつけてくれた神戸の友人たちはがっかりして帰ったようである。

まあ、船首にある76ミリ砲とそのうしろにあるアスロックの発射する様子(もちろん玉の発射はなかったが)を見せていただいたのが、少ないオプションの一つだった。

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動きは俊敏であり、かつての日本海軍の戦艦の主砲の回転、上下の砲塔の動きから比較すると驚くほど早い。 二次大戦は戦闘機がプロペラ機であり、現在はジェット戦闘機やミサイルが相手であるから、このくらい俊敏に動かないと、いけないのは当然のことであるのだが。 それにしても、もしこんな砲が二次大戦時にあれば、爆撃機や雷撃機などはとてもそばに近寄れなかっただろうし、簡単に打ち落とされたことだろう。

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アスロックランチャーといわれる対潜水艦用のミサイル発射装置である。もちろん今日は中にミサイルは装填されていなかったが、回転スピードと発射の際の動きだけを見ることができた。数十キロ先の海中に落として、そこから潜水艦を追尾して攻撃する兵器である。

今日はめずらしく潜水艦も係船されていたので、一枚写真を撮って帰ってきた。

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2010年6月25日 (金)

●1/350戦艦陸奥を撮る

ハセガワの1/350戦艦陸奥は、妻が私の誕生日にプレゼントしてくれたものだ。 ディアゴスの大和を製作して、模型製作に数十年ぶりに目覚めてから、4隻目のプラモデル製作となった。

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大東亜戦争時、日本を代表する戦艦といえば、この「陸奥」と「長門」であった。今でこそ、日本海軍最大の戦艦、大和、武蔵が有名だが、この2隻は戦時中には国家の最高機密ともなっていたので、一般の国民が知りえる情報はなかったからである。

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姉妹艦であった長門は二次大戦を生き残り、ビキニ環礁で原爆実験の対象として海に沈んだ。 しかし、この陸奥は戦わずして 、1943年の6月8日、原因不明の爆発事故を起こし柱島沖で沈没してしまったのである。

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陸奥は三番砲塔付近から突然に煙を噴きあげて爆発を起こし、一瞬のうちに船体が2つに折れ、艦前部は爆発後すぐに沈没した。この時、360tもの重量がある三番砲塔が艦橋とほぼ同じ高さまで吹き飛んだという目撃証言もある。艦後部についても爆発後しばらくは艦尾部分を上にして浮いていたが程なくして沈没した。乗員1,474人のうち助かったのは353人で、死者のほとんどは溺死でなく爆発によるショック死だったと言われている。

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2009年10月11日 (日)

●軍艦模型の撮影、画像あそび(その2)

重巡洋艦”高雄”の画像.........空の加工がちょっといけないなhappy02

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ドイツのユーボートを日本海軍が輸入した唯一の潜水艦 呂-500が水面に姿を現して航行している様はきっとこのようだったんだろうな。波が少なすぎるけど.....(笑)

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重巡洋艦”青葉”(1/700)を海に浮かべたら.............。

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戦艦”金剛”である。日本海軍一の武勲艦であったという。

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●軍艦模型の撮影、画像遊び(その1)

撮影してから、画像をモノクロ化して、いろいろと加工してみると、まさに、二次大戦時に撮影したかのような画像らしくなっていないだろうか?(* ̄ー ̄*)

舞鶴海軍工廠で、建造された、対空性能をより向上させた駆逐艦”秋月”も舞鶴湾で進水したときはこんな風じゃなかったのかな??(これはカラ-画像とした)

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戦艦”陸奥”を遠方にのぞむ巡洋艦”高雄”..........戦時中、この組み合わせもあったかどうかは不明だが......。

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